2006年01月14日

葬送行進曲の変更

私はもし自分が死んだら
指揮者フルトヴェングラーが戦時中に
ベルリンフィルと演奏したベートーヴェンの
第七番交響曲の第二楽章をかけて欲しい
と自分の周りの友人に告げていた。

この曲のこの楽章は奇しくも
指揮者の故・朝比奈隆が
自らの葬送行進曲として
選んでいたものと同じである。
別に朝比奈に倣ってというつもりはなかったが
偶然にせよ重複してしまったということには
この曲のこの楽章の響きが
いかに荘重かということを改めて思わされる。

ところが、である。

ここ一週間のうちに宗旨替えを果たした。

私が死んだときにかけて欲しいCDは
ベートーヴェンの「第九」がいい。
それもフルトヴェングラーが1951年に
バイロイト音楽祭の初日に演奏したものがよく
そしてしかもその録音は平林直哉氏が
CD化したものでなければならない。

この録音の凄さは聴いたものでないと
おそらくはわかるまい。
いずれこのブログの中でも
CDの詳細について書きたいと思うが
とりあえずはこちらを参照されたい。

人間、この世に生まれ
せねばならぬことはいくらもあるけれども
(少なくとも音楽に携わるものならば)
その中でも優先順位の相当高いものとして
この録音を聴くことが挙げられてよい。

これほどまでに「歓喜」というものが
心に充満する第九は、私は他に聴いたことがない。
そして今後も聴くことはないだろう。

盛大な葬式など望まない。
ただ私の希望としては
この歓喜が私の耳元で鳴り響くことを望む。



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