2006年01月20日

ライブドアよりも許せないのは

手持ちのライブドア株は明日にも
価値が約半減する見通し。
損失は結構こたえた。

だけどそれだけで常に冷静な私が
キレたりということはなかった。

株に投資する以上こういう事態は
常に覚悟してなきゃいけないわけで
その意味においてショックは受けたが
苛立ったりということはなかった。
ましてや投資先がライブドアのような
もともと危険な会社だったんだからなおさら。

「想定内」と言っていいのかもしれない。
もちろんもうちょっと安全な投資の仕方は
あったかもしれないという反省はあるけれども。
短期投資のつもりがその「短期」の中に
この事件が重なったのは不運というしかない。

しかし―――

昨日の東証の取引停止は断じて許せない。
あの取引停止に伴って私がいくらかの損失を出した
ということについては個人的なことだからまぁよい。
昨年の株誤発注も東証の体質的な部分が
阻止できなかった一因であったと報道があった。
その真偽のほどは知らないけれども
今回の取引停止などというあるまじき措置は
東証の体質的な欠陥が見事に露呈した。

株にせよ貨幣にせよ
信用がなければただの紙くずに成り下がる。
福沢諭吉が描かれた紙切れが
一定の価値を持つのは
国家の信用あってのことである。
そのような領野において「信用」を
完璧に失墜させた今回の事件は
私はライブドア以上に重く見るし
正直なところ怒り心頭であった。

ライブドアが信用を失ったのと
東証が信用を失ったのは
意味合いが全然違う。

前者は信用などハナから相手にしていない企業。
後者は信用こそが根幹であるべき場所。

などといいつつも私は
株価の回復局面を迎えうつべく再投資。
だって私の投資方式は信用など関係ないから。

そのあたりは使い分け。
ご都合主義といわれるかもしれないが
回復基調にある市場に投資しないほど
私は馬鹿ではない。



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