2007年01月25日
法然の『選択本願念仏集』を読む
法然の『選択本願念仏集』
という著作をご存じだろうか?

私たち浄土宗の坊主にしてみれば
宗祖の著した主著であるから
知っていて当然の書物。
だけど世間一般はどうか。
岩波文庫には入っているから
古典としての扱いはきちんと
受けているのだろうがせいぜい
知る人ぞ知る、という程度だろう。
この認知度の低さは
『選択本願念仏集』それ自体の
難解さに由来する面があると思う。
日本人の書いた著作にしては
珍しく論理構造がはっきりしている。
信仰の核心が論理的に語られる。
私はこの点において法然の凄さを
ぞっとするほどに痛感するわけだが
しかし一般的には馴染みにくいだろう。
だがこの著作を無名のままに
終わらせている原因はそれだけではない。
現代語訳が全く手に入りにくい状態にある
ということ、これを忘れてはいけない。
先の岩波文庫にしたって古文そのままだ。
大きな書店の書架を探せばあるにはあるが
数千円かあるいは福沢諭吉が必要な本だ。
私の手元にある「日本の名著」シリーズ所収の
和訳はリーズナブルな価格で手に入るはずが
絶版の憂き目にあっている。
浄土宗は本が売れない、という。
浄土真宗と比較しての話である。
つまりは坊さんも檀家の人も本を読まない。
売れないから翻訳も少ないし絶版にもなる。
浄土宗のお寺は日本全国に7000もある。
檀家の数はそれ相応にある。
マーケットとしては充分である。
なのになぜ。
要するに勉強する習慣がないから。
坊主の資質が試される時期は
もうすぐそこまで来ているのに。
なんて批判しつつ私も今読んでいる。
過去に読んだ記憶があいまいだから
(通読はしてないんじゃないかな)
もう一度きっちりと。
簡単な翻訳も作ろうかなと思っている。
さすがにこの現況はマズい。笑えない。
Webで公開しておけば見たい人は見る。
pdfでダウンロードできるようにしておけば
読んでくれる層はもう少し増えるだろう。
そんなことを考えている。
このところ体調がすごくいい。
去年までよりも全然疲れない。
ひょっとすると近いうちに第一章ぐらい
公開されてしまうことになるかもしれない。
- by Ikeguchi
- at 01:39
comments
お久しぶりです。
浄土真宗で本が売れる、とのことですが、一般読者に関して言うならば、
通俗的なレベルでの親鸞人気のためではないか、とも思うのですが、いかがでしょうか。
つまり明治期に、ヴェーバーの「プロテスタンティズムの倫理と〜」の文脈で
日本にその対応物を探すことが試みられ、その過程で当時公開された「歎異抄」を手がかりに、
親鸞を「日本のルター」として「再発見」することが当時寺院の外で広く行われ、
現在でも例えば空海や法然や道元よりも親鸞の方が通俗的には人口に膾炙していると思うのです。
つまり、親鸞や浄土真宗の関係書籍は「教養」として手に取られることも多い反面、そ
れ以外の宗派の書籍は仏教特にその宗派に興味のある人でなければ手に取らない、
そういう傾向が今なおもって続いているということもあるのではないでしょうか。
素人目にはそのように感じるのですが、いかがでしょう?