2007年02月07日
坂口安吾の『信長』を読む
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数年前に歴史小説のあり方について
親しい友人と議論したことを覚えている。
彼は司馬遼太郎の歴史小説が嫌いだった。
歴史小説に情緒や共感を盛り込む必要はなく
ただ人の生き様を描けばそれでよい
というのが彼の持論だった。
「偉大な人間の生きた姿はそれだけで小説になる」
そう主張されて司馬遼太郎を当時読んでいた私は
批判を受けまた私もそれなりの批判をした。
彼がいま歴史小説をどう捉えているかは知らないが
その彼が進めていた小説が坂口安吾の『信長』で
議論も時効になったかのような頃合いに
改めて『信長』を読む気になりまた楽しんで味わった。
自分でも知らぬうちに彼の歴史小説観に影響されているということか。
『信長』は坂口安吾にしては珍しい長編小説である(らしい)。
桶狭間の合戦までのことしか書かれていないのが残念だが
読み終わって残念だと思ったということは要するに
それだけ出来のいい小説だと感じたということだ。
私は信長が好きだ。否、好きだというよりも尊敬に近いかもしれぬ。
PlayStation2のゲームで「戦国無双」というのがある。
プレーヤーは戦国時代の武将となって戦場を駆け巡る。
3Dで表現されたマップの上を駆け巡って敵をなぎ倒す爽快感も
さることながらそれよりも面白いのは実際の戦略を体感できること。
こういう地形だからこういう戦略をとったのかと
マップが3Dで構成されているからハタと気づかされる。
ゲームマシンのスペックの向上をただ賞賛したい。
私はこの「戦国無双」で信長の凄さを思い知った。
有名な長篠の戦、織田の鉄砲隊により武田の騎馬隊は壊滅する。
無敵の騎馬隊を築き上げた武田信玄の息子勝頼は
あぁ悲しいかな愚息だったという理解は陥りやすい落とし穴か。
私は充分に歴史的考証をしたわけではないが
それでも簡単にわかることはいくら馬鹿でも
平地に馬防柵を張り巡らされたところであれば
どんな策略があるやも知れない薄気味悪さがあるわけで
無暗に騎馬隊を突進させるなんてことはしない。
信長は―――少なくとも「戦国無双」の解釈によればであるが―――
馬防柵に騎馬隊が突入させるよう周到に仕組んだ。
それはその場所以外を全部塞ぐという方策によってである。
これがために騎馬隊は鉄砲隊の前に突入せざるをえなかった。
そして最近久々に信長をもっと調べたいと思い
安吾の『信長』を読んだ。驚嘆のひとこと。
かつてその親友が言っていた。
「信玄の兵法は甲州・信濃を統治するために過ぎず
信長の兵法は天下統一のためにある。ゆえに次元が違う。」
「ウツケモノ」との評判だった若かりしころより
兵法のセンスは美濃の蝮・斉藤道三をも抜きんでていたこと。
また「ウツケモノ」と見くびられていた時代には
尾張国内は統制が利かず内乱状態にあったが
一夜にしてすべてを掌握してしまったこと。
さらには尾張の十倍の兵力で攻めてきた今川義元を
桶狭間で葬るためにも信長ならではの知略があったこと。
私は安吾の歴史考証がどれだけ正確かは知らぬ。
だがいずれもさもあろうかという話で実に楽しんだ。
「信長」の話であれば本能寺の変まで
描いて欲しかったという気持ちもあり
桶狭間で終わる物足りなさはあるものの
それでも是非一読をお勧めしたい。
→坂口安吾全集09(ちくま文庫)
- by Ikeguchi
- at 02:26
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