ヴィルヘルム・ケンプへのインタビュー

1. Wilhelm Kempff
2. Interviewについて
3. an Interview with Kempff


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1. Wilhelm Kempff
Wilhelm Kempff(ヴィルヘルム・ケンプ, 1895-1991)は20世紀前半から中盤にかけて ドイツを中心に活躍したピアニストで、 バックハウスとともにBeethoven弾きとして音楽界の人気を二分したといわれる。

Kempffはどういうピアニストであったか―――その演奏云々について語るだけの知識は私にはない。 Beethovenのソナタやコンチェルトを聴く際にはいまだに Kempffの録音を好むけれど、 正確に何かを語るべく研究してはこなかった。 自分で何かを書くのは避けて、Kempffをこよなく愛し、 しかも来日の際の演奏にも接している故丸山真男氏の言葉を ここでは引用しておく。

「ケンプがねえ、戦前、盧溝橋事件の起こる前の年だから、昭和十一年(一九三六年)だと思うんだけど、 来日したんですよ。
会場は確か日比谷公会堂でした。《ニ短調》(注. モーツァルトのピアノコンチェルト第20番 K.466を指す。)を弾いたんです。 第二楽章が変ロ長調の〈ロマンツェ〉でしょう。ピアノの独白(モノローグ)で始まる……。 あの纏綿たるメロディーを弾きながら、彼の顔面が高潮してくるのが客席から見えるんですよ。 ぼくは二階の右側の前のほうの席にいてね。 指よりも、彼の顔が見たかったから。四十歳前後ですよ、あの頃、ケンプは……。 レコードがポリドールから出ていて、弾き方が端正かつ情熱的でね。 『ベートーヴェン弾き』って定評がありました。 だから、《ニ短調》の第一楽章も良かったけれど、あの優しいメロディーを唱わせる第二楽章で 顔面が紅潮してくる……あの情景(シーン)だけは忘れられないですね。 何かを必死に耐えるように、キッと歯を食い縛って、顔を上げて、両目は虚空の一点を見つめている……」 (中野雄『丸山真男 音楽の対話』文春新書, p.93 購入)
「ケンプは亡命音楽家に対して非常に厳しいですね。『国内で苦悩に喘いでいる同胞を見捨てて、 異国で暖衣飽食している。自分だけ安全地帯に逃げて、レジスタンス気取りで祖国の悪口を 声高に言い続けて、そんな彼等がその間にどんな曲を作り、どんなふうに自分の芸術を高めていたのか』 と……。もちろん演奏活動も儘ならなかったでしょうし、レッスン収入の道も途絶えていたらしい。 とにかく非常な窮迫を経験したんですが、『その体験が自分を人間的にも、芸術的にも高めてくれた』 って言ってます。ぼくは自分の趣味としては、戦前のポリドール盤時代―――鍵盤が火を噴くような 若いときの演奏が好きですが、戦後はぐっと表現が深みを増しているな。 音楽の奥行きが段ちがいです。」(同, p.211)
「ケンプも、晩年の録音だとシューベルトですね。昔はベートーヴェンがよかったけれど、 七十の坂にさしかかった頃からはシューベルトがいい。彼のシューベルトは本当にいいです。 シューベルトという作曲家の真髄は、ケンプのピアノを聴けば分かります。」(同, p. 244)


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2. Interviewについて
ここに挙げるKempffのインタビューは、 1964年6月29日にカナダで放送された番組の一部であって、 インタビューの前後にRondo Op. 51-2と“Hammerklavier”ソナタを弾くKempffの映像が収録されている。 この番組のVTRは今なお購入可能である(2003年9月現在)。VTR購入
追記. 未見ながらDVDで発売されたようである(2004年3月)。DVD購入

インタビューはフランス語でなされているが、VTRには字幕で英語訳が流れる。 本来、フランス語から日本語に直訳したほうが内容の理解はより正確さのためにはよいけれど、 残念ながら私にはその能力がない。 英訳から和訳するのは本意ではないけれど、 しかしながらピアニストとしてのKempffの重要性に比して 彼の語った言葉にであう機会はあまりにも稀であるから、 やはり英訳からの和訳でもそれなりの意義を持つだろうと考え、重訳を試みた。

英語と日本語を交互に載せておいた。 日本語のほうを括弧でくくったのは、 重訳を読むことのはらむ危険性を避けるために、 なるべく英語で読んで欲しいからである。



3. an Interview with Kempff

Wilhelm Kempff answers François Bernier's questions.
(Kempff、Bernierの質問に答える。)

about the main work on the program.
(プログラム中のメイン作品について。)


Bernier: You are about to play Beethoven's great Opus 106 Sonata, probably his most important piano work. This Sonata is usually referred to as the “Hammerklavier”. Could you explain why?
(これから演奏される作品106の壮大なソナタは、 おそらくはBeethovenの最重要のピアノ作品でしょう。 このソナタは通常“Hammerklavier”と呼ばれますが、 その訳を説明していただけませんか?)

Kempff: This title does not refer to the work's character. But it does indicate that for the first time, Beethoven refrains from using the Italian term. With his usual humour, Beethoven suggests various German indications to his editors. Thus did “pianoforte” become “Hammerklavier”. But with his next sonata, the Opus 109, the Italian term was to resurface, marking a victory of tradition over innovation.
(このタイトルは作品の特徴を示したものではありません。 しかしそれはBeethovenが初めてイタリア語の言葉遣いを控えたことを確かに示しています。 Beethovenがユーモアを用いて彼の作品の編集者にドイツ語で指示を与えるのはよくあることです。 こうして“pianoforte”は“Hammerklavier”になったのです。 しかし次のソナタ作品109ではイタリア語の言葉が再び用いられることになります。 それは革新に対する伝統の勝利を表わすものです。)

Bernier: Do you think that Beethoven was aware of this sonata's importance in the history of music?
(Beethovenは音楽の歴史におけるこのソナタの重要性に気がついていたとお考えですか?)

Kempff: I believe so. In his lifetime, his most advanced works were often misunderstood. Such was the case with this sonata, and with his last string quartets. Beethoven once wrote to his Viennesse editor that his major works would not be understood for another 50 years. It was a true prophecy, for it took half a century for pianists like Franz Liszt, Clara Schumann, and Hans von Bülow to tackle this gigantic sonata.
(そう思います。Beethovenが生涯に書いた作品の中で最も進歩的なものはしばしば誤解を受けました。 このソナタの場合もそうでしたし、また後期の弦楽四重奏曲もそうでした。 Beethovenは一度ウィーンにいる編集者に宛てて、 自分の作品があと50年間理解されないであろうことを書いています。 これは正しい予言でした。 Franz Liszt, Clara Schumann, Hans von Bülowらのピアニストが この巨大なソナタに取り組むまでに半世紀を要したからです。)

Bernier: You are talking of gigantic proportions, and yet this work, like most of Beethoven's sonatas, is comprised of four movements: Allegro, Scherzo, Adagio, and Largo. Which movements do you consider most significant and characteristic?
(作品の巨大さについておっしゃいましたが、 しかしこの作品は、Beethovenのソナタのほとんどと同様に、四つの楽章、 つまりAllegro, Scherzo, Adagio, Largoの楽章から構成されています。 どの楽章が最も意義深くまた特徴的だとお考えなのでしょうか?)

Kempff: Probably the great Adagio, and then the Largo, the fugue.
(おそらくは壮大なAdagio楽章, それからフーガを含むLargo楽章です。)

Bernier: And why these two movements?
(どうしてこの二つの楽章なのでしょう?)

Kempff: Such an ambitious and monumental Adagio had never yet been written. In this Adagio sostenuto, Beethoven explores the deepest confines of the human soul, which he could not have reached without the help of a divine impulsion.
(このように野心的にしてまた堂々としたAdagioは一度も書かれたことがありませんでした。 このAdagio sostenutoにおいて、Beethovenは人間の魂の深さの極みを探求しています。 それは神的な推進力の助けなくしてはBeethovenが辿り着けなかったものでした。)

Bernier: And the Fugue?
(フーガについてはどうでしょうか?)

Kempff: Yes, the great Fugue, a prodigious composition that should be read instead of played. It's the “Art of the Fugue” for piano solo. The whole art of counterpoint is synthesized with a spectacular audacity. Moreover, Beethoven adds a few words that almost constitute an apology: “Fuga con alcune licenze” Fugue with a few liberties -, and in these liberties lie the fugue's originality. Thus Beethoven confers a new spirit to this venerable form. But he doesn't destroy it. He respects the ancient laws of the fugue. The various voices evolve freely and yet they obey the superior force of harmony. There is no anarchy here, but instead a deep respect for the eternal laws which have always governed the movements of stars and planets. For me, this music is truly cosmic.
(この壮大なフーガは、単に演奏されるべきものではなく、 解釈したうえで演奏されるべきものであり、驚嘆に値する作品です(*1)。 この作品はピアノ独奏のための「フーガの技法」なのです。 対位法の技法すべてが、目を見張るほどの大胆さをもって総合されています。 さらにBeethovenは、ほとんど弁解ともとれるような言葉を少し付け加えています。 「“Fuga con alcune licenze”」 つまり「少々の気ままさをもったフーガ」 −そしてこの気ままさのうちにこのフーガの独創性があるのです。 こうしてBeethovenはこの由緒ある形式に新たな精神を与えたのでした。 しかしBeethovenはそれを破壊するのではなく、昔からのフーガの規則を尊重しました。 様々な声部は自由に発展し、しかし和声の優勢的な力に従います。 ここには何らの混乱などなく、その代わりに、 星や惑星の動きを常に支配してきた永遠の法則への深い尊敬があります。 私にとって、この音楽は全く宇宙的なものなのです。)

Bernier: Wilhelm Kempff, I thank you.
(どうもありがとうございました。)

*1 『リーダーズ英和辞典』によれば、 readという単語には、単に「読む」という意味の他に、 「解釈する; 〈楽曲を〉解釈して演ずる[指揮する]」という意味が載っている。 一方、playは程度の深浅を問わず、広く演奏一般を行うことを指すだろう。 となれば、ここの“read instead of played”という表現において、 単にplayという意味において演じる以上の、 何かもっと高次元の演奏行為の必要性をKempffは述べたのだと理解するべきであろう。


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